ゲームだからこそ、本気で勝って負けられる
アナログゲームマスター あだちちひろさん
会社を追われたのは、アナログゲームに呼ばれたからかもしれない。
ワークショップや企業のファシリテーション、最近は独自のゲーム開発に携わるなど「アナログゲーム」の可能性を追求し続ける「あだち先生」こと、あだちちひろさん。
「アナログゲームマスター」という、とても珍しい職業を始められたきっかけは何だったのでしょう。
「WORKERS'BOX」に詰め込まれた数々のアイデアを拝見しながら、お仕事に賭ける思いや苦労、この先めざしているものをうかがいました。
あだちちひろさんプロフィール
株式会社あだちのYEAH代表取締役。高円寺のボードゲーム専門店「すごろくや」で司会、進行の経験を積んだのち、アナログゲームマスターとして独立。司会業やゲームを使った社内研修、オリジナルゲーム制作のプロデュースなど多方面で活躍中。
誰もやっていない仕事
― まずこのゲームの数に驚かされます。
いわゆるボードゲームやカードゲームを総称して「アナログゲーム」と言うのですが、毎年新作が200種類以上も発表されていて、海外でとても人気があるんです。ここあるのは、ほんの一部です。
▲ オフィスに所狭しと並べられたアナログゲームの数々(主に海外製)
― あだち先生はこれまでどのくらいの数のゲームをプレイされてきたんですか?
5,000……たぶんきっと……
― ご、5,000!
それでも全部のゲームをプレイできてるわけじゃないんです。そのくらい世の中にはたくさんのアナログゲームがあります。
― 全然知らない世界です。
アナログゲームの本場ドイツでは「ゲームの絵を描くデザイナー」と「ゲームのルールをつくるデザイナー」が分かれていて、どちらも社会的に高い地位として認められています。
― そんなアナログゲームを使って、普段はどういうお仕事をされてるんですか?
たとえば企業の社内研修ですね。単純に「世界にはこんな面白いゲームがありますよ」と紹介するときもあれば「そのゲームのルールをいっしょに読み解きましょう」というワークショップを行なったり、その場で「まったく新しいゲームをつくってみよう」という会もあります。
― 面白そう!
以前「∞(むげん)プチプチ」を開発された高橋晋平さんと一緒にワークショップをやらせてもらったときも、面白いゲームができあがりましたよ。大人5人でチームになってもらって、リーダーを決めて、アイデア出しに5分、制作に15分、みたいに時間を区切っていって。
― まるで商品開発の現場みたい。
アナログゲームって実はチームビルディングに効果的なんです。だからゲームを通じて上司と部下が打ち解ける機会をつくってほしいという依頼なんかもあるんですね。そこでわたしが進行役を務めるんです。
― ファシリテーションというやつですね。
うまくコミュニケーションが取れない上司と部下がアナログゲームをプレイすると、ゲームがサスペンションになって、普段言えないことも言えるようになるんです。それこそお酒の力に頼らずに。
― 飲みニケーションはほとんど死語になりましたが、アナログゲームがその代わりになるというのは面白いです。
あとはオリジナルゲームの開発や監修なんかも行ってます。最近では「よなよなエール」で知られるヤッホーブルーイングさんとの取り組みで「無礼講ースター」というゲームの開発に協力しました。
お知らせしておりした。『無礼講ースター』は一瞬で無くなりました。是非、よなよなエール店舗さんでも体験できたりしますので、美味しいビールと共に遊んでみてください。現在は追加販売未定ですが、この即完売を受けて再販して欲しいでーす。 pic.twitter.com/y8IUNJdRdC
— あだちちひろ(あだち先生) (@chi6_9) 2018年8月3日
― これ、欲しかったです。ものの数秒で売り切れてましたね。
もともとはコミュニケーションを円滑にするゲームの企画で、すでにルールは大体できあがっていたのですが「それが正解なのかどうか分からない」ってことで、アナログゲームマスターの私に白羽の矢が立って。
カードの図柄の位置関係を分かりやすく変更したり、暗がりの店内でも読みやすいよう改良したり、説明書の文言を修正したり。普段ゲームをしない人にも楽しめるようチューニングするお仕事でした。
― ゲームの場数を踏んでるからこそできるお仕事ですよね。
どうしてもルールを飲み込めない人っているんですね。普段ゲームをする機会がない人はプレイする前に引っかかっちゃって入り込めないんです。そういう人にも伝わる工夫をしました。
― アナログゲームという切り口ひとつで、ほんと幅広い仕事をされてますね。
いろんなタイプの仕事があるので、だから「WORKERS’BOX」が重宝してますよ。
― うれしいです。
わたしは主に「素材ボックス」として使ってます。仕事に応用できそうなイラストの切り抜きを集めたり、今度のワークショップで使えそうだなあと思ったコマとか、ちょっと良さげなサイコロなんかを入れてます。
わたし、すぐに忘れちゃうから、こうして集めておきたいんです。撮影したものだと記憶として弱いから、実物を取っておきたい。それって箱だからできることで。
― 「WORKERS’BOX」をドキュメントファイルと説明するときがあるのですが、やっぱり名前の通り「箱」なんですよね。
そう思います。とあるゲームの企画を考えていたときに、さっとメモを書き留めた紙ナプキンを入れておいたりもしました。わたしにとっては「アイデアボックス」でもありますね。
▲ チュッパチャップスのロゴを紙ナプキンに描いたダリもこの箱があったら保管してくれたでしょうか
以前は同じ用途で、100均で売ってるプラスチックのケースを使ってたんです。
― ええ。
でもあれは人前には持っていけないです。その点「WORKERS’BOX」はデザインがいいから、打ち合わせなどの人に見られる場にも持っていけるのがいいですよね。
アナログゲームを文化にしたい
― もともと子供のころからアナログゲームが好きだったんですか?
いえ、全然。ほとんど遊んだことがなくて、実家にドンジャラがあったくらい。でも15歳でアメリカに留学したとき、ホームステイ先で「Clue」と出会ってしまったんです。
【Clue】2~6人のプレイヤーがそれぞれ容疑者の誰かとなって「犯人は誰か? 凶器は何か? 犯行現場はどの部屋か?」を推理するイギリス生まれのボードゲーム(英国版はCluedo)。日本でもエポック社の「名探偵」を皮切りに、さまざまなバージョンが発売されている。
銃とかナイフのコマを使って遊ぶボードゲームなんですが、なぜかナイフを失くしていたらしく、ママが「じゃあ本物のナイフを使おう」とか言って。
― ははは。
はじめはルールもよく分からなかったし、英語もうまく喋れなかったけど、アメリカのお家でこういうオシャレなボードゲームをやるのって、なんかいいなあって。「オシャレなゲームをプレイしている自分」に酔いましたね。
― これもチームビルディングじゃないですが、日本から来た女の子が打ち解けるようにホストファミリーがはからってくれたのでしょうか。
それもあるかもですが、このゲーム自体は向こうではとてもポピュラーで、どの家庭も持ってるんです。「雨の日はボードゲームやるよね」みたいな文化が当たり前にあるんですよね。
― そしてこの「Clue」がアナログゲームマスターへの道を切り開いてくれたと。
でも、はじめて就職した会社はゲームとは無関係でした。ドイツのおもちゃなんかを輸入する貿易会社だったのですが、当時はほとんど鬱状態でしたね。
― えっ?
▲ 愛犬のプンもびっくり
もちろん働き始めたばかりのころはキラキラしてましたよ。毎日ちゃんといい服を着て頑張ってました。
でも毎日終電で帰るのが当たり前の環境で、ミスもくり返すようになって。だんだん服にも気を遣わなくなって、Tシャツとジーパンで出社してました。
「やる気あんのか」ってしょっちゅう叱られてましたね。いま思えば、あれは鬱だったんだと思います。当時は全く意識してなかったですけど。
― みんなをぐいぐい引っ張る今の元気なキャラからは想像もつきません。
それで結局、半年後にはクビになりました。解雇通知を渡されて、その日のうちに「もう帰っていいよ」って。その足でふらっと立ち寄ったのが、高円寺の「すごろくや」なんです。
― あの有名な! ここでアナログゲームとつながるんですね。
ずっと仕事でしんどかったときに、週末にひとりの客として通ってたんです。
― 仕事の疲れを忘れさせてくれる場だったんですね。
それで解雇通知を渡された日に、すごろくやの店長に「会社クビになっちゃいました」って話をしたら、ちょうどお店を広くするタイミングだったらしく「うちに来ない?」と誘われまして。
― わあ、運命的!
それでまずはアルバイトから始めて、正式に「すごろくや」のメンバーになりました。お店で販売してるゲームを覚えなきゃだし、接客もしなきゃいけないしで大変でしたけど。
とにかく「すごろくや」って、冷やかしのお客さんがほとんどいないんですね。当時は雑居ビルの4Fにあって、そこにわざわざ来る方々なので、99.9%は何かしら買っていかれるお店でした。
― みなさん、どんなゲームを買われるんですか?
それこそわたしが接客をして、その人に合いそうなゲームをピンポイントで3つ紹介するんです。10個も20個も紹介したら迷わせるだけですから「この3つがオススメです」って言い切る。新作とか旧作とか関係なく。
― 目利きっぷりがスゴイです。
それについては自信があります。なぜかというと、わたしが「そんなにゲームが強くないから」です。
― たしかに得意すぎる人に上から目線で紹介されるより、同じ目線で選んでくれた方が信用できますね。
あとはルールの理解度も低いし、色々と初心者目線だったというのもあるのかな。そうして「すごろくや」に勤めるうちにアナログゲームのポテンシャルをぐんぐん感じて「自分でゲームのケータリングをしたい」と思うようになったんです。
― お店に来てもらうのではなく、逆に持っていくと。
それで店長に相談して、アナログゲームマスターとして独立させてもらいました。
― ほかにはない職業ゆえの苦労もあるのではないでしょうか。
お仕事でやってるってことを理解されないことがありますね。単にゲームをするサークルに見られて、ギャラの提示をされなかったり、あっても「謝礼です」って図書カードを渡されたり。
― ワークショップひとつ取っても、準備に相当手間がかかってるはずですよね。
だから早く法人化したかったし、会社のロゴや衣装にきちんとこだわって「あだち先生」というキャラをしっかり確立させたかったんです。こっちは仕事でやってるんだぞ、と。
― 独立するって、会社を離れるって意味じゃなくて、個の力で生きていくってことですもんね。そのためのセルフプロデュースは大切ですし、その点、あだち先生はすごいなあと思います。トランプ形式になってる会社案内も大好きです。
▲ 会社案内ひとつにも遊び心が散りばめられてます
でも本当にすごいのは、わたしじゃなくてゲームなんです。アナログゲームって、いっぱい可能性があるんですよ。このエンタメが飽和状態な現代でも、やっぱり実際に遊ぶとみんな「面白い!」ってなりますし。
― ゲームを通じて人と人の距離が近づきますよね。以前、あだち先生のお花見会に参加させてもらいましたが、その日初めてお会いした人とあっという間にチームになって勝利をめざしましたから。
それこそ距離が近くなりすぎて、ギスギスするくらいまでいったりしますもんね(笑)
― ほんと、ゲームって性格が出るなあと思います。ゴルフをやっている友達が「18ホール一緒にまわったら人間性がすべて分かる」と言ってましたが、アナログゲームにも同じことが言えるのではと思いました。
▲ 文鳥のスケはどんな性格なのかな……
お仕事で小学生を相手にするときがあるのですが、わたしめっちゃ怒るんです。「コラー!ちゃんと話聞けー!」って。
― ははは。
最近の風潮として、子供に優劣つけないところがあるじゃないですか。でもゲームを通して勝ったり負けたりを経験してもらうことで、その子の負けん気に火をつけることだってあります。ゲームはその場限りのことなので、やる以上は真剣に勝負してほしいんですよね。
― なるほど。
まあ、コラー!って怒って、ちょっと言いすぎちゃったとしても、その場でフォローもできますし(笑)
― ふふ。アナログゲームに親しむ子たちがもっと増えるといいですね。
はい。わたしの目指すところとして「どの家庭にもアナログゲームが最低3つはある」という状況をつくりたいですね。まだまだ知られていない世界なので、アナログゲームを文化として定着させていきたいです。
― その牽引役として、これからも活躍を期待しています。「WORKERS’BOX」にもどんどんアイデアを詰め込んでくださいね。
公式サイト「あだちのYEAH!!!」はこちら
2024.5.27 update
2018.8.27 published
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